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RADWINPSの棒人間 を真面目にレビュー

RADWINPSの人間開花に収録されている棒人間という曲の歌詞が良すぎて、感動通り越して笑えてくる。


ぱっと聞いた時は、なんかRADWINPSっぽいなぁというのが真っ先に出た感想。


ちなみにわたしはRADWINPSは特に好きでもなく嫌いでもなく、君の名は。で話題になってからちゃんと聴こうと思った全くのRAD初心者である。そんなわたしが言うRADっぽいというのは、JPOPほど分りやすいキャッチーさがないメロディに野田氏の細く高めなボーカルが乗っかってる、そんな曲。という訳で非常に曖昧な知識しか持ち合わせていないという前提でのRADっぽいという印象。これはどちらかと言うとRADファンではないわたしからしたら、良い印象ではないわけです。よくわかんないけど、RAD好きな人はきっと好きなんでしょうね、で流してしまう程度のインパクトでしかなかったのです。


しかしだ。

こんな事でよいのであろうか、とふと思った。世間がやれ前世だ、やれスパークルだと騒いでる中、RADのことを知らずにスルーしても良いのかと。いや、いかん!と人間開花収録アルバムからタイトルが気になったこの棒人間を聴きこんでみた。


いや、野田氏何者だよ!と思わずツッコミ入れたくなる歌詞に驚愕。


まず出だしが

僕は人間じゃないんです 本当にごめんなさい から始まる。


え、人間じゃないってじゃ何?てか、棒人間ってなんなん?と出だしから混乱してきたので早速Googleで調べる。


どうやら棒人間とは線や棒で人間を形取ったものらしい。よく子供が線だけで人間の形を書くと思うけどあんな感じか。人間のような姿をしてるけど、人間ではない棒人間が主人公らしい。しかしまぁ人間じゃなくてごめんとか謝らんでいいよ、という気持ちをぐっと飲み込み続きを聴いていく。


1番の歌詞に

見た目が人間なもんで 皆人並みに相手してくれます 僕も期待に応えたくて日々努力を惜しまないのです 

とある。このフレーズからわたしの中で事態は一変する。


棒人間がめっちゃええ奴であることが発覚したのだ。怪しげでちょっと陰気な感じがした棒人間、めっちゃ真面目でええ奴やった。


このフレーズで不器用だけど、一生懸命な棒人間の人格を印象付けることに成功した野田氏。以下、野田氏の快進撃は続く。


歌詞にはこうある。

しかし全くもってその甲斐もなく 結局モノマネはモノマネでしかなく 一人ひとりとまた去っていき 人間が剥がれ落ちるのです


この辺りから頭の悪いわたしもついに気づく。これ、わたしのこと歌ってるやん。。!!


そうです、別に野田氏は心底真剣に棒で描かれた人間について歌ってるのではなく、誰しもがどこかで感じる生きにくさを歌ってるのだろうと思った。それは特に本当の自分を知ることができず、あるいは知っていても表に出す勇気がなく、周りに合わせていくことで本当の自分が益々わからなくなってしまうような、そんな不器用で真面目な人物像が頭に浮かんだ。そしてそれは10代のころのわたしだ。いわゆるキョロ充ってやつ。そんなわたしからすれば全力で共感できる世界観だ。


曲の最後は

何度諦めたつもりでも人間でありたいんです

という言葉で終わる。


人間ってなんだろうと思わず考えさせられる。皆人間であるが、人間らしいかと問われるとちょっと答えにくい。クズの自信があるからだ。出来た人間でもないしそこそこのレベルでクズなりに生きていければいいや、という考えが少しぐらついた。諦めずに生きてもええんかなって。


不器用で周りのようにうまく生きれなくて苦しくて辛くて。それでも人間になりたい棒人間は愛おしくて、少し元気をくれたように思う。もしかしたら、自分だけでなくみんなどこかで同じような気持ち持っとるかもしれんな、とも思った。


しかしこの歌詞を成功を収めた野田氏が書くイメージがないのだが、まあ書いたのだから野田氏も案外、色んなことで悩んでおられるのかもしれぬ。ちょっとRADWINPSを身近に感じた曲でした。